スペイン語の絵本(ラテンアメリカやスペインの絵本)と日本語の絵本についてと、日常のあれこれをつづります。
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おばあちゃんの白いちょうちょ 〜チリの絵本〜
おばあちゃんの白いちょうちょ

   原書の情報

タイトル:おばあちゃんの白いちょうちょ(El vuelo de Francisca)

文:ブレンダ・リオス(Brenda Ríos)

絵:レオノール・ペレス・ブストス(Leonor Pérez Bustos)

出版社:ぺウエン社(Peuén Editores)チリの出版社

 

大すきだったフランシスカおばあちゃんの死を、少年の目線で描いた物語。


 ■ あらすじ

おばあちゃんが死んだ日、白いちょうちょがあらわれた。おばあちゃんは、もう いない。こえもきけない。おばあちゃんのこえは、おばあちゃんそのもの。しろくて、とてもおおきい。ちょうちょは、ずっと ぼくのあとをついてくる。もしかしたら、おばあちゃんが ちょうちょにたのんだのかな?

 

いつだったか、おばあちゃんが ちょうちょのはなしをしてくれたことがあった。ちょうちょは うまれたとき、みにくい幼虫でいなくちゃいけない。そんなすがたを、だれも すきじゃない。だから、シーツにくるまって とじこもったまま、じっとしている。でもある日、おもいきって外へとび立っていく。でも、ちょうちょのこころは とじたまま。じぶんのことを だれもすきじゃないっておもってるから。でも、だんだん そんなこと どうでもいいって わかるんだ。あたらしい からだになっても、こころは まえといっしょ。ちょうちょは、すごくうれしい。かなしいってことが、どんなことかしっているから。もしかして、ちょうちょは おばあちゃんなの?

 

よる、ふとんのなかで白いちょうちょを そうぞうしてみる。そのとき、かすかに 手にかんじた。まっしろで、おおきな おばあちゃんのこえ。ぼくがねむってしまうまえ、たしかに おばあちゃんのこえがした。


感想

毎年、メキシコでは、死者の日の間に大陸を渡り北アメリカから南アメリカへ渡るオオカバマチョウについて、チョウがなくなった家族の魂を運んでくるのだと、メキシコの人々は信じています。おばあちゃんの死を少しずつ受け入れていく男の子の心の内面がよく描かれた作品です。白いちょうちょに心を映すといった感性は、日本人に通じるものがある気がしてなりません。

 

■ 作者について:

文: ブレンダ・リオス(Brenda Ríos 

メキシコ人作家。1975年アカプリコ生まれ。メキシコ国立自治大学メキシコ文学博士号取得。作家として活躍する他、数々の雑誌に寄稿。文学ワークショップ「シックスハウス」のコーディネーター。在メキシコブラジル研究センターの文芸翻訳セミナー会員。

 

絵:レオノール・ぺレス・ブストス(Leonor Pérez Bustos

チリ人イラストレーター。1973年生まれ。チリカトリック大学美術学部学士。1998-2005まで、視覚芸術学教員として働いていたが、2006年以降、子ども向けの本や教科書のイラストを専門に手がけるようになり、現在はチリ及び海外の出版社の書籍のイラストの仕事をしている。2009年、メキシコ自治大学のイラストコース履修。2011年以降、チリカトリック大学デザインスクールで児童書の挿し絵の講座を実施している。2012年、イベロアメリカ イラスト協会主催のカタログコンクールで優秀賞(Second Honorable Mention)受賞。同年、イタリアで毎年開催されるイラストレーター展「Le immagini della fantasía en Italia」に入選。

 

   作者の言葉

チリ大手日刊紙 「ラ・ナシオン(La Nación 20111218日掲載記事より

カルリートスは、ふつうの子とちょっとちがいます。彼は世の中をしっかりと見つめ、母親を見て、そして自分に問いかける、言わば新しいタイプのヒーローなんです。 この年代の子は人の死に対して何が起こったのか、まだよく分かっていません。死は旅するようなもの、つまり夢のようなものです。私の年齢になっても、愛する誰かを亡くした人にどのような言葉をかけてあげたらよいのか、よく分かっていません。私の年齢になっても、大人になってからどうあり続けるのかなんて、やはり分かっていないのです。ただ分かっているのは、カルリートスは傷つきやすい子どもだということ、そして彼は恐れることなく自分自身に問いかけることです。こうした行為は、私自身にも言えるのですが、自分を落ち着かせることができるのです。疑問に思うことはよいことです。誰かに別れを告げたり、『やあ!』とか『さようなら』と挨拶することも。そして友だちを持つことは、もっとすばらしいことです。」

 

■ 画家の言葉

ブレンダが白いちょうちょの話をしてくれたのを、よく覚えています。『今、この世にいない愛する人たちが心配して挨拶しにきたのよ』って、彼女が言ったんです。ブレンダは素晴らしい作家です。この話を聞いた時、鳥肌がたつほど感動した私は彼女に言ったんです。『お話よ!お話になるわ!』って。



    おはなしの一部

学校がおわると、もう そこにいた。

ちょうど2しゅうかんまえ、

白いちょうちょが、あらわれたんだ。

ひらり ひらり、ほかのちょうちょとは

ちがうとびかたで、

円をえがくように、

ダンスしているみたいに、

ひらり ひらりとんでいた…。

ぼくは、よくおぼえている。

おばあちゃんがしんだのは、そんな日だった。

 

 

おばあちゃんがしんだ日、

ぼくは、どうしたらよいかわからなかった。

まわりのおとなたちは、

ぼくに なかないようにいったり

ないてほしいとおもったり、いろいろだった。

でも、だれも ぼくのこころのなかを みることはできない。

ひとは、だれかのこころのなかを みることなんてできないんだ。

かなしいとか うれしいとか、きづいていてもね。

 

 

ともだちは、ぼくのかたをだいて そばにいてくれた。

みんな、なんていったらよいのか、わからなかった。

なんていったらよいか わからないときは、

ぎゅっとだきしめる。だきしめるのは

たくさんことばをかけるのと いっしょなんだ。

| 00:34 | スペイン語の本 Libros españoles | comments(2) | trackbacks(0) |
こんばんは!

ふーみんのおばあちゃまが亡くなったあと、窓から鳥を見ると、
どうしてもおばあちゃまが、ふーみんを見守りに来てくれているように感じます。
それを思い、『愛の白い鳥』という絵を描きました。

メキシコの方も、ちょうちょを見ておんなしように思うんだ…

「ちょうちょは、すごくうれしい。かなしいってことが、どんなことかしっているから」
この言葉に惹かれます。じっくりと味わいながら、読んでみたい絵本ですね…
日本語に訳されることを期待します。
| ふーみん | 2014/08/16 02:45 |
ふーみんさん、いつも素敵なコメントをありがとう。

私も、小さい時に同じような記憶があります。
私はね、テントウムシだった。当時、『てんとう虫のサンバ』という歌があって、母親がよく歌ってたからという単純な理由なんだけど…。

知人は、亡くなった人の魂がトンボになって帰ってくるんだって言っていました。


「死」をテーマにした絵本はとても難しいのだと思うけれど、死について学ぶことは 限られた生をいかに全うするか、ということにつながっていくのだといいます。

死の準備教育(Death Education)については、日本でも最近聞くようになったけれど、子どもにも大切だよね。だれにだって死は必ず訪れるから…。身内だったり、ペットだったりね…。年齢によって伝え方は様々だろうけれど…。

いつもありがとうね。
| そらまる | 2014/08/16 22:42 |









 
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